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東京高等裁判所 昭和51年(行コ)11号 判決 1976年10月28日

控訴人 久保正雄

被控訴人 東京国税局長

訴訟代理人 竹内康尋 室岡克忠 ほか二名

主文

原判決を取り消す。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

事  実 <省略>

理由

一  当裁判所も、本訴の出訴期間遵守の有無に関する被控訴人の本案前の主張は民事訴訟法第一三九条の制限を受けないものであり、また、本訴はその性質上当然に出訴期間の制限を受けるものと解するが、その理由は原判決理由説示一1と同一であるから、これを引用する。

二  そこで、本訴が出訴期間を徒過して提起されたものであるか否かにつき判断する。

本件処分につき控訴人がした審査請求に対する裁決書謄本(本件裁決書謄本)が昭和四九年三月二二日に控訴人方に送達されたことは当事者間に争いがなく、本訴が同年六月二四日に提起されたことは記録上明らかである。

ところで、行政事件訴訟法第一四条第一項、第四項は、同法にいう処分の取消訴訟は、右処分につき審査請求をすることができる場合等において、その審査請求をした老については、これに対する裁決があつたことを知つた日から三ケ月以内に提起しなければならないと規定する。右の裁決があつたことを知つた日とは、当事者が現実に裁決があつたことを知つた日を指すものと解すべきであるが、裁決書謄本が当事者の住所に送達される等のことがあつて、社会通念上当事者において裁決があつたことを知りうべき状態に置かれたときは、特段の事情がない限り、当事者は裁決があつたことを知つたものと推定することができるのである。本件においても、昭和四九年三月二二日に本件裁決書謄本が控訴人方に送達された以上、控訴人において本件裁決があつたことを知りうべき状態に置かれたこと自体は否定できない。

これに対し、控訴人は、本件裁決書謄本が送達された当時、旅行中で不在であつたため、同居の使用人がこれを受領し、控訴人は昭和四九年三月二六日に帰宅し、使用人から右謄本を手交されてはじめて本件裁決があつたことを知つた旨主張し、<証拠省略>によれば、次の事実を認めることができ、これを動かすに足りる証拠はない。

控訴人は訴外東日貿易株式会社の代表取締役の地位にある者であるが(この点は当事者間に争いがない。)、知人の訴外大松住安とともに、昭和四九年三月二二日午前一〇時頃国鉄上野駅を発つて、訴外第一観光が群馬県北軽井沢に開発中の別荘地の見分に赴き、同日と翌二三日は、同所にある大松所有の別荘に宿泊した。控訴人は、同月二四日午前中大松と別れて、長野県小県郡傍陽村にある親戚の墓参に向い、同日は同県上田市内、翌二五日は傍陽村内にそれぞれ宿泊し、同月二六日夜帰宅した。

控訴人方では、控訴人の不在中に控訴人宛の郵便物があつた場合これを受けとるのは通常書生(一人)または女中(四人)の役目であり、これらの者が右の郵便物を受けとつたときは、これを控訴人の机上に置いて後日の閲覧に備えることとしていた。本件裁決書謄本は配達証明郵便の方法により配達されたもので、右書生または女中のいずれかがその交付を受け、従前どおりの処理がなされた。そして、控訴人は前記二六日に帰宅したのちに当該郵便物をみて、はじめて本件裁決があつたことを知つた。

このように認められる。

なお、控訴人の妻は、その立場上、控訴人方の家事一切を管理し、控訴人の不在中は、控訴人のために控訴人宛の郵便物を受領する権限を有していたものと認めるべきであり、前認定のように書生や女中が右郵便物を受け取つていたのも控訴人の妻の補助者としてしたにすぎないから、このような権限を有する控訴人の妻が本件裁決書謄本により本件裁決があつたことを知つたとすれば、これを控訴人本人が知つた場合と同視するのが相当であるといえるが、<証拠省略>によれば、前記のように、控訴人の妻は、書生または女中が本件裁決書謄本在中の配達証明郵便の交付を受けた当時、これらの者から右郵便物を受けとつたことがなく、したがつて本件裁決があつたことをまつたく知らなかつたことが窺われるから、控訴人の妻が本件裁決があつたことを知つたことを前提として本件を律することはできない。

以上によれば、控訴人が本件裁決があつたことを知つたのは、早くても昭和四九年三月二六日の夜(控訴人の言によれば翌二七日の朝ということであるが、この点は疑いなしとしない。)であると認められるから、本訴の出訴期間の起算日を最も早くみて右三月二六日としても、右期間は同年六月二六日をもつてはじめて満了となるわけであり、したがつて同月二四日に提起された本訴は、出訴期間を遵守した適法なものとしなければならない。

三  されば、本訴を不適法として却下すべきものとした原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消し、本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村治朗 蕪山巌 高木積夫)

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